豆腐のブログ(プロの発達障害者です)

アスペルガー当事者です。発達障害と全く関係無い話題から当事者の観点まで「ざっくり」書くつもりです。

空手部。

卒業。で書きませんでしたが、私は物心つく前から徹底的に格闘技を叩き込まれました。そのため、どうやっても相手は私を倒せなかったのですが、同時に誤解も生じました。スポーツ万能だと誤解を受けたのです。

私は格闘技の技能に対し、スポーツ全般は全くダメでした。学校も殆ど通ってないので部活に励む事は無く帰宅部でした。即戦力になると誤解を受けたまま体育会系の部活動に誘われました。誤解を払拭したかったので、私の真の実力を披露するとみんな手のひらを返しました。ある意味正直です(笑)

しかし、武道系の連中は諦めなかったです。強いのが身近にいると目標になる、モチベーションを上げたいと真摯に説得してきましたが私は断り続けました。

とある日、空手部の部員がケガをしてしまい、人数不足により公式戦の団体戦に出られない事態が起きました。元々人が少ない空手部は今大会を最後に廃部が決まってました。空手部の顧問から空手部の思い出作りのために協力できないかと頼まれ、引き受けました。公式戦は個人戦団体戦がありますが、顧問は団体戦のみのエントリーに絞りました。理由は目標を団体戦に絞った方が三年生の思い出と集中した練習が出来て良い結果に繋がるのではないかとの思いからでした。練習中、良く泣き言を吐くなと思いながらも前日まで特訓は続きました。

予想の斜め上をいく結果になりました。試合当日、私以外の部員は会場の空気に飲まれ、ドタキャンしたのです。空手部最後の試合は不戦敗で幕を閉じました。実はうちの学校の空手部はかなり臆病な面子ばかりで自他校ともに認める最弱部と揶揄されるほどでした。私は学校に通ってなかったので知らなかったのです。顧問は発破をかけるつもりで私を助っ人に頼みましたが私は役に立ちませんでした。

思い出作りの出場のため、空手部は個人戦に誰もエントリーせず、私は見ず知らずの学校の技能の高さにただ関心してました。公式戦終了後、私と顧問は会場の近くのゲーセンで遊んでいた残りの部員を見つけ、連れて帰りました。彼らはなぜか空手着のままでした。かなりシュールです。学校に着くなり顧問のカミナリが落ちたのは言うまでもありません。