豆腐のブログ(プロの発達障害者です)

アスペルガー当事者です。発達障害と全く関係無い話題から当事者の観点まで「ざっくり」書くつもりです。

卒業。

お題のテーマが卒業ですね。中学と高校の卒業式を書きたいと思いました。アスペルガー当事者ゆえに穏やかな内容になるはずは無く、それにだらだら書きたい気分なので、かなり長文になりそうです。

私は学生時代、最小限の出席に絞って登校してました。義務教育の間は殆ど通わなかったです。人と人間関係を築く、学校という小さな社会は私には苦痛そのものでした。私が中学生の頃、私は人生に疲れきっていました。両親のしょうもない理由の離婚も堪えましたが、それよりも将来を見据えても明るい材料が何一つ見いだせず、学校を出てもこの社会に私の様な障害者に居場所はあるのかと苦悩し、自暴自棄そのものでした。

私は勉強面で困らなかったので特別支援校ではなく公立の学校に通ってました。当時の私はテストの点は良くても態度が最悪で、視界に入った不良を片っ端から叩きのめす問題児でした。段々、私の存在を黙殺する人が増え、私が三年生の時は私のクラスに私の席はありませんでした。

三年生になってからある日、とある先生が調子に乗ってると武力行使にでましたが返り討ちにしたのが決定的でした。私の高校への受験の手続きはしないと学校側から制裁を受けました。校長先生のにやけながらの発表に私は「学校側の矜持を考えると、それは当然の処置であり仕方無いです、甘んじて受け入れます」と伝えました。私の予想外の答えに戸惑いながら校長先生は進学はどうするのか?と訊ねました。私は「進学は諦めたので私は問題ありません。私が反省してないからと罰を与える為に先生を返り討ちにした事を刑事事件で挙げるなら被害届を出して結構です。武力を振るうのが正しいとは私も思ってませんが、人を殴る前にいつも心掛けていることはどうやっても私の行為に正当性は無く、最悪死罰を受けるのを覚悟の上で殴ってます。後で後悔する様なぶれた覚悟なら初めから殴ったりはしません。」

この返答で私は学校側と完全に対立しました。それから毎日、私の幼馴染みの友達が和解を提案してきましたが両方聞く耳持たずでした。

ある日、一年生の時の担任(O先生)から新しい事実が分かったから職員室に来てほしいと学校に呼ばれました。O先生は私にこう言いました。「校長先生はお前にお灸を据える為にキツいこと言って、本当は影で進学の手続きをしてると思ってたんだけど、調べたら本当にしてなかった」と言い、O先生はその場で土下座をしました。土下座をしたままO先生は「すまん、教育を受けさせる側がこれでは話にならない、俺は教育者失格だ。誰一人お前の真意に気付かなかった」

O先生の行為の意味が分からなかったです。後で幼馴染みから聞いて分かったのは、私が制裁を受けた後O先生は私の素行の悪さの原因を独自に調べました。私が不良集団からのカツアゲに一人で戦った事、私を倒すため先生が先生の兄を刺客に送り、返り討ちにしたことまで詳細を調べあげ、私がそれらを反論しない理由を突き止めました。

相手が多数なのに対し、私は常に一人。相手が口裏を合わせると私の正当性は誰も証明できません。彼らは私は弱虫だと蔑みましたが、私が無傷なのに対しアザだらけの彼らの姿に説得力は無かったのですが、私は水掛け論が嫌いでそのためずっと黙ってました。

O先生は土下座をしたまま言い続けました「味方がいないからと誰にも頼らず一人にならないでくれ、話をするだけでも変わるから。人に頼ることと甘えることは別だから。進学の手続きは俺がする」私は自身の浅慮を恥じて、みっともないと反省してO先生と一緒にいた友達に謝りました。

それからすぐ、私と対立していた不良達は私の学校側に対する毅然とした態度がカッコいいと良く分からない尊敬をされ打ち解けました。しかし学校側とは最後まで打ち解けず、卒業式を迎えましたが何故か無事に済みました。学校側と対立は最終的に私の給食に雑巾の絞り汁を入れる嫌がらせをしてたので、クラスメイトは大人げない学校側に完全にドン引きしてました。なので私は卒業式は無視するかお礼参りするかと思ってたので意外でした。

宣言通りO先生は受験の手続きを取ってくれました。私は無事受験する事ができ、高校合格し、進学できたのでした。高校進学後、高校の校長先生から呼び出され、何故か校長先生と一緒に私が通っていた中学校に向かいました。中学校に向かう途中、校長先生から中学校側から進学の手続きの書類を抜き取ったなどの嫌がらせをされた事を知りました。校長先生は中学校の職員室で「生徒一人の気持ちひとつ汲めん教育者は全員今すぐ辞めろ」と一喝しました。凄い気迫でした。例えると水戸黄門の印籠出したら全員土下座をするような感じでした。その場に居た先生はあまりの気迫に全員土下座をしました。

校長先生は私の受験の際、書類の不備を指摘しようと中学校に連絡を入れたところ、たまたまO先生が電話を取ったので、中学校側が嫌がらせのため書類を抜き取った事がバレました。

私はたまたま起きた偶然と二人の恩師と幼馴染みの友達がいたので、進学できました。どれが欠けても、あるいは一人のままなら進学は出来なかったでしょう。

ちなみに高校生活は小さな喧嘩こそあったものの、大きなトラブルに発展する事無く、無事卒業しました。卒業したのですが、卒業式当日に失敗しちゃいました。卒業式前日から当日の朝まで、好きな本を読んでたら寝過ごしてしまい、卒業式は参加できませんでした。校長先生から「お前らしいけど、卒業証書は取りに来い」と叱られました。

あれから毎年卒業シーズンになる度、改めて一人と孤独は違うものだと感慨にふけるのです。


おやすみなさい。